家族の距離感

職業柄、空間について想いを巡らせるのは日常のことであるが、このところ折に触れ考えるのは「家族の距離感」のことである。一つの家に暮らす人々、それは概ね家族というのだろうが、一人ひとりのテリトリーともいうべきスペースが、その人の「居場所」なのだと認識している。よく住宅関連の雑誌のテキストや広告のキャッチコピーで見かけるのは「家族が集まるリビング」だったり「家族の団欒が深まる空間」などという文言で、その多くは家族の距離感を近づける空間構成に対する謳い文句なのだが、果たしてそれはそんなにいいことなのかと、ふと思う。皆、そんなに至近の距離を求めて暮らしたがるものなのだろうか。個人的な感想、あるいは建築家としての経験に照らして言えば、距離が近いことが良い家族の条件とは言えないというのもまた、真実であるように感じる。

私自身、家族はかけがえのない存在ではあっても、時には自分が心おきなく過ごせるプライベートな空間は不可欠だとも考えている。それはたった一人になってものを考えたり、くつろいだり、自由気ままに過ごしながら素の自分に立ち返る場としての空間である。そしてこのことは住宅を設計する仕事をしていて、実は多くの人が同様に思っていることなのだと気づかされる。男性であれ女性であれ、その程度に違いはあっても皆それぞれに「ひとり」を希求しているのだ。

現代社会は、信じがたいようなスピードで電子機器や様々なデバイスが進化し、生活スタイルもまた刻々と変化している。そしてそれに伴い有形無形のストレスが増大しているのも確かだ。それが「自分を取り戻せる場」を求めている一つの要因なのかもしれない。それを和らげ、日常のあらゆる摩擦の刺激からリカバーさせ、良い家族関係を形作るための装置としての空間は、これからの家にますます取り入れられるべきなのだろう。であるからこそ私自身、施主にヒアリングをしつつその家族の距離感をどのようにとらえたら良いのか、ひとりになれる場所をどのように創造していくか、ということに注意を払わずにいられない。その結果、各々の居場所が見えてくるものだ。そしてそれを空間として実現させ、そこでの暮らしを日々営んでこそ真の意味で居心地のよい家族の姿が育まれるのだと信じている。