記憶の中の階段

私の幼い記憶の中での階段は、狭くて暗く、家の中の隅っこにあった。生活の中心は1階がであり、2階は狭い廊下に幾つかの個室で構成されていた。同じ頃、目にした階段の記憶も忘れることができない。アメリカ南部を舞台にした「風と共に去りぬ」のような映画のシーンにでてくる大邸宅の豪華な階段は、住まいの中心であり空間の主役であった。その広々とした造りは、日本の家では考えられないような空間をつくり出していた。本来、建築における階段とは単に上下階をつなぐだけでなく、多くの文明において祭祀の中心的存在であり、権威の象徴としてのヒエラルギーの具現化されたものであった。

住居のような比較的小さな建物では、階段や階段室が建物全体の空間の中心的な場になる。言い変えれば、上下にある空間同士の相対的な関係が階段の性格を決定する上で重要である。私の考える階段は、むしろ空間の構成の中で積極的な役割を果たし、かつ美的に昇華されたものであってほしいという思いの中で作っている。

近年、日本の住宅でもリビング階段が増えてきているようだ。家族の在り方や団欒の場と個室の関係、家族間の距離感、室内環境の向上など、いろいろな要因があるが、住宅の持つ役割が以前と変わってきているように思う。
住まいは「生活の場としての住まい」から「愉しむための住まい」となり、階段は移動のための装置から場と場をつなぐ緩衝帯としての役割をもつようになった。階段の周辺に書斎や本棚を配置し、子供たちが自然と本に親しみ、親子のコミュニケーションの場としての役割を持たせたりする。また、縦空間をつなぐ場として階段スペースは壁面を頂部から自然光で照らしたり、踊り場に工夫を凝らし、内部空間の象徴としての印象的な空間にすることもある。

階段は段板と手摺によって成り立ち、この2つの形のバランスやデザインと機能性の融合において美しい階段が生まれる。手摺については、安全性や実際に持ったときの感触性への考慮と、視覚的にも洗練されたものであるべきだ。また、小さな子供にとっては滑り降りて遊んだり、高齢の人には上り下りに欠かすことのできないものである。ゆえに用途にあった丁寧な設計と現場での作り込みが大切であると考える。